コメント頂いた グリップ等の融通性について 考えてみたいと思います。

サッカー議論しても サッカーに求められるのはシュート力だ という意見もあるし連携プレイだ、走ることだ、テクニックだ、守備組織だ と国ごとや地域柄、ヒトによっても異なると思います
イタリアの守備サッカーを好きな人もいれば スペインのパスサッカーを好きな人も ブラジルの個人技が好きな人もいます
ゴルフに求められるものは「融通性」
 それが邪道であるかどうか 回答は出せません。
  それを信じている信じたいのであれば
    それでいい と反対はしません。

 自分自身に置き換えるのであれば 出来れば避けたいですね。
頭の中、考えの柔軟性や適応性は必要かと思いますが 
スウィングを構成する重要な要素である アドレスやグリップをラウンド中に
動かしていく、その場に応じて対応する(と言う意味合い?)は
ミスショットに対するフィードバックが出来ず その場その場の「賭け」的な
ショットになってしまう危険性が秘めていると思います。
ある一定の動き、形をしていれば ミスになってしまった原因が発見し易く
経験によっては修正が出来るかも知れない…
しかし アドレスやボールの位置、グリップを場当たり的に変化させていると
自分では気づきにくい 別な動きや部分にも当然影響・変化がある訳で
ミスが出たときに 原因が複雑で そのショットが次のショットにつながりにくい
 と思うのですが いかがでしょう

          ゴルフはミスショットの連続です。
         程度の差はあれど 殆どがミスショットと言っても過言では無い
        ならば今のミスショットが 次のショットの叩き台になる方が
       長いスパンで考えるショットの成熟度は上がるのではないでしょうか
      勿論 そううまくはいきませんが そう心掛けても 損はないような…
     練習を「積み重ねる」の意味合いはそういう事だと思いますが
    

練習でトライしている事も もしかすると本質の部分
本当の原因を変えず スウィングプレーンなどの視覚的なものだけ修正し
本当の原因には触っていないかもしれない?  のではないでしょうか

例えば ダウンで右サイドが突っ込む   本当の原因は別な所にあるのに
単に右サイドが突っ込まないようにしても  「一打勝負」のコースでは
何回も打ち直し 修正できる 練習場のようにいかない のは当然かもしれません。

スウィングを 修正 をする場合
修正しなければいけない場所 それそのものは触らず 別な所を直すと
あれ いつのまに で修正されていくことが多々あります。
オーバースウィングの原因がグリップだったりもします。
フォローで左肘が抜ける原因が 初期テークバックの取り方だったりします。


例えば グリップの場合、特にフックグリップ「から」強制する場合
単純にフックグリップを治すことではなく フックグリップにする理由を
改善しない限り ラウンド進行中に徐々にフックグリップに戻っていきます。
フックグリップの場合、例外もあるでしょうが 大半のケースが
腕の動き(仮面ライダーの変身の動き)でテークバックする為にフックグリップにしています。 テークバックの初期段階で体の動きでは無く 左腕の動きでスウィングを始める、左腕を左胸に近づけていく動きでスタートする為にフックグリップにしています。 クラブをグリップした状態で その動きをすると 当然両腕をひねり
フェース面が空を向くことになります。
右肘が下を向いたまま 腕相撲をするような状態にするのには アドレスの状態では
フックグリップにしておいた方がやり易いのです。

この動きそのものは触らずに グリップだけスクェアに変更すると ショットの回数や疲労度により 無意識にその動きのし易いフックグリップに戻っていきます。

ビデオや写真等で残した視覚情報は 単なる「結果」なのだと思います
自分でイメージして打ったショット、ビデオに撮ると そのイメージと全然違う
良く有ることですよね   殆どの人が「びっくり」する
  本気で「これ 俺じゃねぇ!」って言った人も見たことがあります

ですから ●●プロの行ったスウィング そのスウィングプレーンは その本人が
 目指したスウィングプレーンではない可能性も否めませんよね…

   僕個人は このスウィングプレーン と言う 一見 魔法のような言葉が
    ゴルファーを スウィング迷路から出さないのでは と考えています