2011年は日本にとって
最大級の激動の年であったと思います


去る3月11日の大地震によって引き起こされた

大津波による被害は甚大なものとなりました


024


これほど人々の生活を揺るがすこと
となってしまった
東日本大震災


微力ながらではありますが
支援活動に携わることになった際

多くの方にご協力を頂き 助けられたことに対しまして

この場を借りて お礼と感謝を申し上げます

本当にありがとうございました



しかしながら まだ多くの問題が
取り残されたままです

個人の力はたかだかしれたものですけれども

その中でも何か出来る事 
そして やらなければならないこと

を模索しながら 携わっております


その方法や内容はそれぞれ違うと思います

といいますか 違わなければおかしいと
言うべきかもしれませんが

出来ることは もう何もない 
というのはちょっと違うと思っています


021


大きな事をする それもひとつですけれども

大は小の集まり ですから

その僅かのことであても 
ひとつのことは出来ます


しかしながら その時を逃してしまわないために

思い出したくないというのが 人間の性ではありますが

決して忘れてはならない事

それが今回の震災であると思います





震災によって命を落とされた方々に 
ご冥福をお祈りいたします

また 被害を負われた方々につきましては
 心よりお見舞い申し上げます



110509_1731~03


繰り返しになりますが

決して忘れてはならないですけども
 いつまでも悲しんでばかりもいられません

せっかく救われたのですから
 前を向いて生活の立て直しに進んで頂きたく思います


しかし その過程は想像も
つかないようなことの連続でしょう


時には挫けそうになることもあると思います


表現があっているかどうかは申し訳ありませんが
 わかりませんけども

そんな時は 一休み 
また ちょっと後退してみるのもいいかと思うんです


歌詞にもあるように 3歩進んで2歩下がる

これでも結果的に 1歩 前進です


我々直接被害が無かった地域の者だからこそ言える

甘えたこと なのかもしれません

そう言われたとしても 確かにその通りです


残念ながら 身代りになってあげられることも出来ません

しかし裏を返せば

だからこそ できること がありますし 
それが必要になる時が必ず来ます


しかし それそのものが 何なのか 
は各自が決めることであって

強制するものではないと思っています






ピンチに陥った時こそ 最大のチャンスである

言葉は悪いかもしれませんが

起こってしまった現実は取り換えすることも
 巻き戻すことも出来ません

であれば その現実を如何にして
今後のために結び付けていくかが重要で

起こってしまった結果に対する事実確認は
大切なことには違いありませんが

その事が未来のためというよりは 
俗に言う 犯人探しが目的になってしまうと
意味が無いとは言いませんが 
とかく歪んだものになりがちです


そうではなくて その検証から出た
内容の失敗は失敗として受け止め

そこから じゃあどうするべきだったのかを検討する

そういう姿勢にならないと 
次に進まないように感じます






情報は活用出来てきてこそ役に立つもの

ですから それぞれに自己判断する これが重要で

このことは すぐにでも 
勿論現地に行かなくても出来ることが多くあります


情報化社会というだけあって 
その量は膨大な数に及びます


流行りの 繋がっている という言葉

確かに パソコンの前にいると 全世界と繋がっている

かのように錯覚しがちですけども

その結果だけを見ていると 
あまり好ましくないように感じるのは

判断する という行為が抜けてしまっている
からなのではと考えています


それは 良いとか悪いとか 
合ってるとか間違ってるとか

そんなのは また別な話で

なにか 判断するという行為 
からわざと自分を遠ざけているように思えるのです


これは 私個人の考えであり意見です

失敗からしか本当の学びは無い そう思っています


ですから 今回の震災対策も 誤解を恐れずに言うと

失敗してもいい状況だったにもかかわらず


引き延ばしによる時間のロスばかりが目に付きました

そう単純な問題ではないことは
重々承知しているつもりではありますが

出てくるコメントは 「想定外」と「未曾有」

だったら 対策もそれに沿っても
よかったのではなかったでしょうか


なにか大胆な対策を打って出ても
よかったのではないでしょうか

たとえそれが不発に終わっても 
次の対策を講じればいいわけで

なぜか対策だけ「規定内」
で収めようとするがあまり

後手後手に回ることになってしまい 
結局同じことをしても

効果としては半減 
いやそれ以下のものになってしまったように思います

こう言うと 政府が悪い 自治体が悪い

そうなってしまいがちですけど

そうなるように仕向けた 
してしまった根本は一個人です

やりたくても やらせてもらえない


これは現場にいて ものすごく感じた点です

がんじがらめに縛られたモノによって
動かせてもらえないもどかしさは

ある意味 関係者ほど痛感したことだと思います

そういう意味では 我々の存在というものは
 少しは役に立ったのかなとも思いますが 
単にしてくれない ではなく 
やりたくてもすることが出来ない現実(しがらみ)

その事をもう一度それぞれに思い返す 
それだけでも 価値は十分あると思います

そして その役目は 直接被害の無かったものの
役目だと考えます





なんだか取りとめのない 
偉そうな内容になってしまった事をお詫びいたします

最後になってしまいましたが 
被災地の一日でも早い復興を祈願しています


KC3Q0036

 


 


KC3Q0017
 


 


 KC3Q0003