そのお寿司の握り炊き出しの後
侍浜に常設の倉庫を設置したと思います。
現地の方より、輸送に適した 軽自動車を
貰い受けたりもして、そこを拠点に
牡鹿半島内 に物資を配送します。

まだまだ 崩落や冠水などで 道路事情の
悪い中 地図を作りつつの搬送でした。

各地区の人数や構成などを把握し
それに応じて 要望する支援物資を変化
させる必要も出てきます。

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この時点で考えていたのは
我々、個人単位である限り、配送できるのは
大規模な避難所よりも、
個人宅で被災している方中心にするコト。
また、親戚などが被災地に居ない場合等も考え
水道、電気などのインフラの状態を
出来るだけ把握し、お知らせするコト。

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夜中に 河崎氏を半島内を周回させ
電気の通電具合を調べたり、お願いしていました。

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少しづつ 日数が経ち始め 食品も
生ものが増え始めます。
クール宅急便の再開が待ち遠しい日々でした。

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多くのお手伝いの方も参加して頂き
そうですね 正確な記憶はすっ飛んでいますが
延べで 100人以上の人が
こちらと被災地を往復したでしょうか。

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牡鹿半島内 西側を中心に各地区を回るようにします。

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それと同時に、ものすごい量の物資が
毎日来ます。 しばらくの間は 弊社の荷物だけで
専用のヤマト便が有る位、 段々慣れて行きますが…

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有難いにはありがたい には有難いのですが
個人単位で 物資支援をし続けても限界があるとも
考え始めます。
支援してくれる皆様の負担もある訳ですし…。

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勿論、被災者の方々には喜ばれる訳ですが
被災者の方を支援漬けにする訳にも行かない…
津波地域の分断されたコミュニティーを再形成するのに
なにか 方法は無いのだろうかと模索を始めます。