ゴルフスウィングの技術論 という訳ではありませんが
正しくゴルフクラブを扱うコトの基本は
ミクロとマクロ、
自分の肉体や動きとゴルフクラブのメカニズムや
ゴルフと言うスポーツ像
その総体を相互に考えながら理解していくコトです。

ですから クラブのメカニズムを無視し
単に飛ばない、上手く行かない と嘆いても
決して解決する訳ではありません。

例えば ゴルフの話題とは離れますが
北欧諸国には医療費が無料な福祉国家が幾つか
存在します。しかし、その実態は
低レベルな医療と医療技術の行き詰まりに
辿りついてしまったりします。
失業保険や生活保護、年金、医療制度など
国からの目線では勿論、必要ではありますが
国民からの目線では いつもいつも「国が・・・」
と言っては勤労意欲も失いますし、
日本の素晴らしい美徳「働くコトが尊い」と言うモノも
薄れてしまうかも知れません。
それは有形無形で 国富を失うことになりかねません。

そのように 立場や目線によって
考えや価値観、有り方 というのは
正反対にもなってしまうモノです。

oldcourse

体の動き ばかりを追いかけていれば
クラブや重力などの当たり前のメカニズムを
失ってしまいますし、メカニズムばかりを
追いかければ机上の理論になってしまいます。

ゴルフは、ゴルフクラブは、長い時間の流れの中で
ゴルフと言うゲームも、クラブと言う物質も
それを動かす人間の動きも淘汰され、洗練され
今に至っている訳です。

ですから クラブを扱う ボールを打つ
と言う部分で 重要な観点である筈の
ゴルフのゲーム性 と言う部分も忘れて貰いたく
無いと思います。

今は理解出来ないかも知れませんが
望んでいないショット、俗に言うミスショット
というのは 何かの突発に発生するのではなく
必ず 必然で起こる というコトを
覚えておいて貰いたいのです。

ゴルフに限らないかもしれませんが
人間は意志の生き物です。
ゴルフのショットは 必ず その意思が反映されます。
しかし、その意思とは その直前の意志 とは
限りません。 そのホールかも知れませんし
その以前のホールかも知れません。
その日一日の心の流れが原因かも知れませんし
ゴルフそのものに関する心構えかも知れません。

ゴルフクラブと言う自分にとってのパートナー
ボールを遠くへ飛ばしてくれる源である
ヘッド重量を 無理やり 力づくで
重力に逆らい 動かそうとする人が
現場で 自分の出来るコトのみ を
粛々と進めて行けるでしょうか。

自分の体力や年齢、練習量もかえりみず
プライドや見栄の為に ハードなスペックを
好んで使う人が 現場で 次のショットが
自分に出来るのか 出来ないのか
冷静に 客観的に判断できるでしょうか

先人から受け継がれたクラブのメカニズムに
目を背けてしまう人が
人や時間、自然や環境などを大切にする
その延長線上にある一打を大切に出来るのでしょうか

大きな視点 大きな視野
小さな視点 小さな視野
一点集中的な視野 多角的な視野
客観的な視野 主観的な視野
そういうすべてのコトを内包しているのが
「クラブの扱い」 だと思うのですが…
如何でしょうか…