現地に入るのと 今までの価値観も
随分変わってくると思います。


例えば 石巻市のあるトンネルの手前に
目印的な意味でも有名な
「ポルシェ」がずっと止まっていました。

私は車には まったく興味がありませんが
ポルシェが高価で 高性能な車らしい ことは
知っています。

しかし 潮をカブってしまえば
15万キロ乗っている 10年落ちの
軽自動車よりも 無能な鉄の塊に
なってしまう訳です。

移動するのにも 他人のチカラ
他の車のチカラが無いと 運転手一人の
チカラでは ただの産業廃棄物でしか
ありません。

都会では 友達との食事であっても
デートであっても 片時も携帯を
手離しませんし 食事中通話と言う光景も
決して珍しくないようです。

震災において 携帯やネットなどは
ある部分役に立ったのかも知れませんが
その反面 直の人間のコミュニーケションを言うのを
より一層失ってしまったような気がします。

アンテナの通信網も駄目
電気も駄目、充電も出来ない・・・
携帯電話すら 流されてしまって存在しない

ここが 人間のコミュニケーションの原点
なのではないでしょか。。。

ギャグだとは思うのですが
命の次に携帯が大切! は
本当に ギャグで終わらせてほしいモノです。

529-7

便利と言う言葉・・・

便利を追求した我々が電力を使いまくり
原発を 自分から離れたところに作り
問題が起こると 自分たちの便利はそのままで
困った 困った と悲鳴を上げる
その矛盾を生み出したことを
 忘れないで欲しいのです。

最強の矛 と 最強の盾
の闘いが 最後はどうなったのか
思い出して貰いたいのです。


被災当初 現地で役に立ったのは
アナログな道具ばかりです。

荷車だったり ろうそくだったり
カイロだったり 七輪であったり・・・

都会の人には 欠かせない携帯が
本当に 本当に 現地で役に立ったか・・・
というと 少々 疑問は拭えません。


都心部の快適な 便利な生活を
否定するつもりは毛頭ないのですが
正直 汚れたモノや危険なモノは
目の届かない押入れの中にしまっている
そんな生活をしているように
思えるのは 私だけの錯覚なのでしょうか…